最近はまっているもの
音楽にはまってます。翻訳ネタではなくてすみません。
ふだんはそれほど音楽を聴く方ではありません。「ながら聴き」というのが全然できないので(何か鳴っていると全身耳になるか、別のことに神経が行ってたら、まったく聴こえなくなるかのどちらかになる)、仕事中は無音でBGMの類も一切かけていないのです。テレビでやってる音楽番組をときどき観るぐらいですかねー。テレビ番組なら、ボーッと画面を眺めながら音楽だけ聴けるので。といっても、うちはBSを契約していないので、日曜日にやってる「題名のない〜」とか、NHKの「らららクラシック」(以前のN響アワー)ぐらいですけど。でも、それを除いては、それほど音楽のある生活というわけではないのです。
ところがですね、しばらく前にこの「ららら」を観ていたときに、紹介されたモーツァルトの曲を何の気なしに聴いてたら、じわじわーっと涙が出るほど感動してしまったんです。あまりにいい曲だったので。クラリネット協奏曲 イ長調 K622。テレビでやっていたのは第2楽章のアダージョのところだけだったけど。番組の司会者女性は、「自分の葬式にはこの曲を流してほしい」との感想を述べておられましたが、わたしは「この曲を聴きながら死にたい」と思いました。なぜ死を想わせるのかはわからない。しみじみと明るい穏やかな曲なんですけど。人生の最後には、人生で出会えた一番美しいものに触れたいと思うものなのかもしれない。それほどきれいな曲だったんです。その日のうちに、CDを衝動買いしてしまいました(今だにCD。iTunesじゃなくて
←イヤホン苦手なのです)。本の衝動買いはよくやるけど、音楽の衝動買いなんて滅多にしないのに。Amazonの「ミュージック」カテゴリーで買い物したのも初めてかも。
あとで、音楽をやっているヒトに興奮してこの曲のことを話すと、「あ〜、ハイハイ、あの曲」という感じのリアクション。そのヒトは番組は観ていなかったけど、「あの第2楽章のところでしょう?」とニヤリとされました。どうやら名曲中の名曲らしい。なるほど、道理でわたしのようなド素人も感動したわけです。
ところで、Amazonというのは、みなさんもよくご存じのとおり、何か買うと関連商品をズラズラとおすすめされてしまうのですけど、この戦略にガッシリとはめられて「ミュージック」の買い物が止まらなくなったのです。試聴できるCDが多いので、いろいろと聴いていると、あれもこれも欲しくなってしまって。ずいぶん我慢しているのですけど、先月だけで5枚、今月もすでに1枚買ってしまいました。買ったCDは、夜などに「今日の仕事はおしまい」にした後で、チョッピリ聴くのが毎日の楽しみになってしまいました。ああ、いつになったら止まることやら。
ふだんはそれほど音楽を聴く方ではありません。「ながら聴き」というのが全然できないので(何か鳴っていると全身耳になるか、別のことに神経が行ってたら、まったく聴こえなくなるかのどちらかになる)、仕事中は無音でBGMの類も一切かけていないのです。テレビでやってる音楽番組をときどき観るぐらいですかねー。テレビ番組なら、ボーッと画面を眺めながら音楽だけ聴けるので。といっても、うちはBSを契約していないので、日曜日にやってる「題名のない〜」とか、NHKの「らららクラシック」(以前のN響アワー)ぐらいですけど。でも、それを除いては、それほど音楽のある生活というわけではないのです。
ところがですね、しばらく前にこの「ららら」を観ていたときに、紹介されたモーツァルトの曲を何の気なしに聴いてたら、じわじわーっと涙が出るほど感動してしまったんです。あまりにいい曲だったので。クラリネット協奏曲 イ長調 K622。テレビでやっていたのは第2楽章のアダージョのところだけだったけど。番組の司会者女性は、「自分の葬式にはこの曲を流してほしい」との感想を述べておられましたが、わたしは「この曲を聴きながら死にたい」と思いました。なぜ死を想わせるのかはわからない。しみじみと明るい穏やかな曲なんですけど。人生の最後には、人生で出会えた一番美しいものに触れたいと思うものなのかもしれない。それほどきれいな曲だったんです。その日のうちに、CDを衝動買いしてしまいました(今だにCD。iTunesじゃなくて
←イヤホン苦手なのです)。本の衝動買いはよくやるけど、音楽の衝動買いなんて滅多にしないのに。Amazonの「ミュージック」カテゴリーで買い物したのも初めてかも。あとで、音楽をやっているヒトに興奮してこの曲のことを話すと、「あ〜、ハイハイ、あの曲」という感じのリアクション。そのヒトは番組は観ていなかったけど、「あの第2楽章のところでしょう?」とニヤリとされました。どうやら名曲中の名曲らしい。なるほど、道理でわたしのようなド素人も感動したわけです。
ところで、Amazonというのは、みなさんもよくご存じのとおり、何か買うと関連商品をズラズラとおすすめされてしまうのですけど、この戦略にガッシリとはめられて「ミュージック」の買い物が止まらなくなったのです。試聴できるCDが多いので、いろいろと聴いていると、あれもこれも欲しくなってしまって。ずいぶん我慢しているのですけど、先月だけで5枚、今月もすでに1枚買ってしまいました。買ったCDは、夜などに「今日の仕事はおしまい」にした後で、チョッピリ聴くのが毎日の楽しみになってしまいました。ああ、いつになったら止まることやら。
仕事の切れ目に
前回書いたダンナさんのトラブルは、すっかり落ち着きました。ひそかにメール・コメントを下さった方、どうもありがとうございました(ペコリ)。
そのときの仕事を納品してから、しばらくの間、パッタリと日程が開いて、またまた悶々としていました。週末にようやく連絡をいただけて,ホッとしたのですが、こういうときは相変わらず、果たして次の仕事はあるのか?と不安でうろたえてしまいます。以前にこのブログで、「仕事があるときは、そのことに感謝して丁寧に仕事し、仕事がないときは、時間があることに感謝して普段できない勉強をする」と、達観したようなことを書いたことがありますが、実際に仕事がなくなると、今でもオロオロとするばかり。気持ちを立て直すのに時間がかかってしまいます。ああ、情けない。他の翻訳者ブロガーさんたちは、どんなときでも着々と勉強を積み重ねておられるというのに。
今回は、気を落ち着けるために、こんな本を読んでいました。超有名な本なので、ご存じの方も多いと思います。
実物は金の帯もついて、赤と金の立派な装丁です。
この本に初めて出会ったのは、かなり昔の梅田・紀伊国屋の洋書コーナーでした。"How to Stop Worrying and Start Living"という原題に惹かれました。わたしは心配性で、むやみやたらと取り越し苦労をする方なので、そんな自分にぴったりのタイトルだわと思ったのです。「道は開ける」という邦題で訳書がでていて、それが何十もの刷を重ねていることを知ったのは、かなり後になってからのことでした。
たまに所々をパラパラと拾い読みする程度ですが、使い古された言い方ではありますが、それだけでも新鮮な発見があります。今回、目に入ったのは、「『起こりうる最悪の事態とは何か』と自問すること」でした。
わたしの場合、最悪の事態は、信用を失って取引先がゼロになること。仕事は大好きだし、自分なりに一所懸命やっているつもりではあるので、これは精神的にかなり大きなダメージです。
もっとも、仕事なので、「自分なりに」なんていうのは何の意味もなくて、取引相手に貢献できなければ、ハイさようなら、なのは当然なのですけどね(涙)。それでも、自分なりにやる以外には、どうしようもないのだし。
でも、その精神的ダメージ以外に何かあるかというと、特に何もないのですよね。仕事上の借金をしているわけでもありませんし、ダンナさんが普通に働いてくれているので、生活に困ることもありません。そんな甘い立場なら、なんてことないじゃん。いつでもやり直しはききます。ただでさえゼロに等しい自信はマイナスに転じて、気持ちのうえでは厳しい再出発になるでしょうけど。ただ、少ないですけど「経験」は残りますので、それを元手にして、なんとかがんばればいいだけのことなのだと、自分に言い聞かせていました。
ありがたいことに、また仕事をいただくことができたので、バタバタと、でも大事に取り組むことにします。
そのときの仕事を納品してから、しばらくの間、パッタリと日程が開いて、またまた悶々としていました。週末にようやく連絡をいただけて,ホッとしたのですが、こういうときは相変わらず、果たして次の仕事はあるのか?と不安でうろたえてしまいます。以前にこのブログで、「仕事があるときは、そのことに感謝して丁寧に仕事し、仕事がないときは、時間があることに感謝して普段できない勉強をする」と、達観したようなことを書いたことがありますが、実際に仕事がなくなると、今でもオロオロとするばかり。気持ちを立て直すのに時間がかかってしまいます。ああ、情けない。他の翻訳者ブロガーさんたちは、どんなときでも着々と勉強を積み重ねておられるというのに。
今回は、気を落ち着けるために、こんな本を読んでいました。超有名な本なので、ご存じの方も多いと思います。
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実物は金の帯もついて、赤と金の立派な装丁です。
この本に初めて出会ったのは、かなり昔の梅田・紀伊国屋の洋書コーナーでした。"How to Stop Worrying and Start Living"という原題に惹かれました。わたしは心配性で、むやみやたらと取り越し苦労をする方なので、そんな自分にぴったりのタイトルだわと思ったのです。「道は開ける」という邦題で訳書がでていて、それが何十もの刷を重ねていることを知ったのは、かなり後になってからのことでした。
たまに所々をパラパラと拾い読みする程度ですが、使い古された言い方ではありますが、それだけでも新鮮な発見があります。今回、目に入ったのは、「『起こりうる最悪の事態とは何か』と自問すること」でした。
わたしの場合、最悪の事態は、信用を失って取引先がゼロになること。仕事は大好きだし、自分なりに一所懸命やっているつもりではあるので、これは精神的にかなり大きなダメージです。
もっとも、仕事なので、「自分なりに」なんていうのは何の意味もなくて、取引相手に貢献できなければ、ハイさようなら、なのは当然なのですけどね(涙)。それでも、自分なりにやる以外には、どうしようもないのだし。
でも、その精神的ダメージ以外に何かあるかというと、特に何もないのですよね。仕事上の借金をしているわけでもありませんし、ダンナさんが普通に働いてくれているので、生活に困ることもありません。そんな甘い立場なら、なんてことないじゃん。いつでもやり直しはききます。ただでさえゼロに等しい自信はマイナスに転じて、気持ちのうえでは厳しい再出発になるでしょうけど。ただ、少ないですけど「経験」は残りますので、それを元手にして、なんとかがんばればいいだけのことなのだと、自分に言い聞かせていました。
ありがたいことに、また仕事をいただくことができたので、バタバタと、でも大事に取り組むことにします。
ダンナさんのピンチ
うちのダンナさんが勤め先でトラブルを起こしてしまいまして
その日、いつもより帰りが遅いなぁと思っていると、暗〜い声で電話がかかってきてトラブルになったと言います。その数時間後に帰ってきたのですが、ひどく落ち込んでけっこう目も当てられない状態だったので、これはまずいなぁと思いました。事態の行方について悪い方へ悪い方へと妄想をふくらませているし、食欲はぜんぜんないし。
トラブルの内容自体は、わたしの個人的な感覚では、ダンナさんの妄想ほどの大事に至るとも思えませんでした、正直なところ。まぁたしかにダンナさんにも落ち度があって反省すべきではあるし、トラブルを起こした当人の家族が、そんなこと言ってはいけないかもしれませんけどね。相手もあることだし。それに、些細な事がとんでもない事態に発展するということも、世間ではよくあることだし、周囲に任せなければならない部分もあります。
でも、うちのダンナさんは、ふだんは楽観的な人なのです。そんな人が、どうしようどうしようと頭を抱えているのをみると、こちらも不安になってきました。万が一、精神的なダメージが長期に及んだらどうしようということも、チラリと頭をよぎりました。でも、とにかく時間に任せるしかないなぁと思えました。しかし、これは困った。
実は同じ日、わたしは2週間ぐらいかかる新たな仕事を請けて、ダンナさんからの電話があったときは、仕事の下準備をセッセと進めていたところでした。ちょっと納期が厳しい仕事で、全部を請けるか部分的に請けるか、さんざん悩んだあげくに全部請けることにしたばかりでした。できるだけ夜も机に向かって、なんとかしようと思っていたのです。ダンナさんには悪いけど、しばらくダンナさんも家のこともホッタラカシにする前提でした。
でも、ここまで落ち込んでいるダンナさんをほったらかしにするのは、さすがに気が咎めます。わたしはダンナさんの仕事については門外漢なので、何ができるわけでもありませんが、話を聞くぐらいはしてやらないわけにはいきますまい。
それでもまだ、その日の晩は、ダンナさんがベソをかきながらいろいろとしゃべることを、ウンウンと聞きながらも、仕事どうしよう、困ったなーと思っていました。
でも次の日に、やっぱりこれは量を減らしてもらおうと決め、翻訳会社に電話しました。うん、しかたがない。申し出るなら今のうちだわ。昨日の今日だし。
電話した日はカレンダーは休日だったのですが、幸いなことに、わたしが取引している会社は小さい会社で、いつものコーディネーターさんは休日でも出勤していることが多いのです。その日に出勤しているかどうかは、わからなかったのですが、電話してみると、やっぱり出勤していました。バックにテレビかラジオかの音が聞こえます。のんびりと仕事していらっしゃったようでした。
簡単に事情を話して(もちろんあまり具体的には話していないけど)、量を減らしていただけるとありがたいのですが・・・と恐縮しながら申し出ると、コーディネーターさんはよく事情を分かってくれて、ご主人についててあげて下さいと言ってくれました。すでに、わたしが全部訳す前提で段取ってしまっていたのだけど、次の日に予定を組み直すとも言ってくれました。他にも、いろいろと親身な言葉をかけていただいて、ほんと、気持ちの上でとても助かりました。ああ、ありがたい。ますます足を向けて寝られません。
ただ、次の日にもう一度相談した結果、今すぐ量を減らしてもいいのだけど(そして、その方が楽だろうとは思うのだけど)、少し時間はあるから、もうしばらく様子を見てみたら?という提案を受けました。これは、わたしが前日に電話したときに、「周囲の状況にもよると思うのですが(それ次第では、ダンナさんもわりと早く元気になるかも←希望的観測)」、と言ったからなのですが。もちろん無理はしなくていいし、本当にダメなときは、いかようにも対応できるようにしておくから、とのこと。
コーディネーターさんにしてみれば、できれば一人に全部訳してほしい。これはよくわかります。分訳にすると、やっぱり文書としての質は落ちますからね(統一感などの点で)。わたしにしても、一度請け負ったものを部分的にしろ投げてしまうのは、忸怩たるものがありました。なので、提案に従って、もう少しがんばってみることにしました。
ダンナさんの方は、しばらく心配な状況が続いたのですが、少しずつ落ち着いてきて、食欲も戻ってきました。わたしも、ダンナさんの出勤中に、いつもよりがんばりました。いつもなら、コーヒーを飲んだり、お菓子を食べたりで、けっこう休憩を入れるのですが、ほとんど休憩せずに訳しました。緊急案件を受けたときの超特急モード。やればできるんだー、と思いました。でも、そんなにしょっちゅうはできません(涙)。で、なんとかなりそうな目処がついて、結局全部やることにしたのが、この週末。
すでに疲れましたけど、まだ仕事が終わっていないので、そうも言っていられません。ダンナさんの方も、まだ完全には楽観できないみたいです。でも、気持ち的にはだいぶ楽になりました(それで今、これを書いているところ)。当面、今の仕事が終わるまでは何事もないことを、そしてできれば事態が好転することを願いたいものです。それに何より、仕事の質を落とさないように、がんばらなければ、と緊張しているnobaraでありました。
その日、いつもより帰りが遅いなぁと思っていると、暗〜い声で電話がかかってきてトラブルになったと言います。その数時間後に帰ってきたのですが、ひどく落ち込んでけっこう目も当てられない状態だったので、これはまずいなぁと思いました。事態の行方について悪い方へ悪い方へと妄想をふくらませているし、食欲はぜんぜんないし。
トラブルの内容自体は、わたしの個人的な感覚では、ダンナさんの妄想ほどの大事に至るとも思えませんでした、正直なところ。まぁたしかにダンナさんにも落ち度があって反省すべきではあるし、トラブルを起こした当人の家族が、そんなこと言ってはいけないかもしれませんけどね。相手もあることだし。それに、些細な事がとんでもない事態に発展するということも、世間ではよくあることだし、周囲に任せなければならない部分もあります。
でも、うちのダンナさんは、ふだんは楽観的な人なのです。そんな人が、どうしようどうしようと頭を抱えているのをみると、こちらも不安になってきました。万が一、精神的なダメージが長期に及んだらどうしようということも、チラリと頭をよぎりました。でも、とにかく時間に任せるしかないなぁと思えました。しかし、これは困った。
実は同じ日、わたしは2週間ぐらいかかる新たな仕事を請けて、ダンナさんからの電話があったときは、仕事の下準備をセッセと進めていたところでした。ちょっと納期が厳しい仕事で、全部を請けるか部分的に請けるか、さんざん悩んだあげくに全部請けることにしたばかりでした。できるだけ夜も机に向かって、なんとかしようと思っていたのです。ダンナさんには悪いけど、しばらくダンナさんも家のこともホッタラカシにする前提でした。
でも、ここまで落ち込んでいるダンナさんをほったらかしにするのは、さすがに気が咎めます。わたしはダンナさんの仕事については門外漢なので、何ができるわけでもありませんが、話を聞くぐらいはしてやらないわけにはいきますまい。
それでもまだ、その日の晩は、ダンナさんがベソをかきながらいろいろとしゃべることを、ウンウンと聞きながらも、仕事どうしよう、困ったなーと思っていました。
でも次の日に、やっぱりこれは量を減らしてもらおうと決め、翻訳会社に電話しました。うん、しかたがない。申し出るなら今のうちだわ。昨日の今日だし。
電話した日はカレンダーは休日だったのですが、幸いなことに、わたしが取引している会社は小さい会社で、いつものコーディネーターさんは休日でも出勤していることが多いのです。その日に出勤しているかどうかは、わからなかったのですが、電話してみると、やっぱり出勤していました。バックにテレビかラジオかの音が聞こえます。のんびりと仕事していらっしゃったようでした。
簡単に事情を話して(もちろんあまり具体的には話していないけど)、量を減らしていただけるとありがたいのですが・・・と恐縮しながら申し出ると、コーディネーターさんはよく事情を分かってくれて、ご主人についててあげて下さいと言ってくれました。すでに、わたしが全部訳す前提で段取ってしまっていたのだけど、次の日に予定を組み直すとも言ってくれました。他にも、いろいろと親身な言葉をかけていただいて、ほんと、気持ちの上でとても助かりました。ああ、ありがたい。ますます足を向けて寝られません。
ただ、次の日にもう一度相談した結果、今すぐ量を減らしてもいいのだけど(そして、その方が楽だろうとは思うのだけど)、少し時間はあるから、もうしばらく様子を見てみたら?という提案を受けました。これは、わたしが前日に電話したときに、「周囲の状況にもよると思うのですが(それ次第では、ダンナさんもわりと早く元気になるかも←希望的観測)」、と言ったからなのですが。もちろん無理はしなくていいし、本当にダメなときは、いかようにも対応できるようにしておくから、とのこと。
コーディネーターさんにしてみれば、できれば一人に全部訳してほしい。これはよくわかります。分訳にすると、やっぱり文書としての質は落ちますからね(統一感などの点で)。わたしにしても、一度請け負ったものを部分的にしろ投げてしまうのは、忸怩たるものがありました。なので、提案に従って、もう少しがんばってみることにしました。
ダンナさんの方は、しばらく心配な状況が続いたのですが、少しずつ落ち着いてきて、食欲も戻ってきました。わたしも、ダンナさんの出勤中に、いつもよりがんばりました。いつもなら、コーヒーを飲んだり、お菓子を食べたりで、けっこう休憩を入れるのですが、ほとんど休憩せずに訳しました。緊急案件を受けたときの超特急モード。やればできるんだー、と思いました。でも、そんなにしょっちゅうはできません(涙)。で、なんとかなりそうな目処がついて、結局全部やることにしたのが、この週末。
すでに疲れましたけど、まだ仕事が終わっていないので、そうも言っていられません。ダンナさんの方も、まだ完全には楽観できないみたいです。でも、気持ち的にはだいぶ楽になりました(それで今、これを書いているところ)。当面、今の仕事が終わるまでは何事もないことを、そしてできれば事態が好転することを願いたいものです。それに何より、仕事の質を落とさないように、がんばらなければ、と緊張しているnobaraでありました。
この仕事の原点
あー、もう3月。早いですねー。
しばらく前ですが、年に数回やってる勉強会の人たちと、2月ではあったけど年の最初だということで新年会をやりました。
集まれるのは年に3〜4回といったペースなので、お会いするときは話が溜まっているのか、皆さんしゃべるしゃべる。通訳の人もいるのですが、英語の発音もさることながら、声自体がよく通るし、頭の回転も速いし、ハキハキとお話上手なのですよ。わたしのように引きこもりっきりだと(まぁ、性格的に合っているとは思うのですが)、声を出す機会自体が少ないので、もともと通りにくいボソボソとした声の質が、なおさら助長されてしまっています。なので、ちょっと羨ましい。
本当にいろんな話が出たのですが、原発のことも出て、熱心に反対デモなどに参加している人もいました。その人の意見は、けっこう悲観的で、もう国の未来にあまり期待していないようなのです。地震以後、期限が切れていたパスポートを取り直し、お子さんたちに英語の勉強を勧めるようになったとか。「いや、英語よりも、まずは日本語でしっかり考えたり意見が言えるようになってから、と前は思ってたんだけどね。日本語だけだと機会が限定されてもったいない。もっと世界のどこでも生きていけるようにしてやりたいと思ったの」というような考えのようでした。わからないでもありません。わたしなんかでも、つくづく情けない国だなと、嫌になってしまうこと、ありますし。
通訳さんは、海外出張に行ったときの経験から、まだまだ日本にはポテンシャルがある、という意見でした。例えば、シンガポールなんかは一見、過去をスッパリ切り捨てて思いっきり近代化し、しかも発展を遂げているようでいて、ホテルの待遇、街の様子などなどを見ていると、言っちゃあなんだけど、日本での細やかさ、質の高さとは比べものにならないと感じたとか。(シンガポール好きな方、住んでいらっしゃる方、ごめんなさいm(_ _)m) そう聞くと少しホッとしますし、やっぱり母国ですから、わたしだって、もちろん期待したいのです。
わたしはふだん、ぜんぜん物を考えない方だし、見聞きできること、することも非常に狭いので、そういう話になると聞かせてもらっているばかりなのですが、聞きながらボンヤリと考えていました。こんな世の中で、自分にできることがあるとしたら、何だろうか。
例えばの話ではあるけど(たまたま上に書いたので)、原発を憂う気持ちはありますが、デモには行けません。仕事が滞ってしまう。家にいないと進まない仕事だし、仕事上の責任を果たそうとするだけで、日々精一杯です。性格的にも負荷が大きすぎる。
でも、それなら自分にだったら何ができるかなぁ、と考えているうちに、ゆっくりと浮かんできたのは、もっと広くいろんなことを知りたい、ということでした。知りたい、そして伝達したい。そうだ、それなら、少しはできそうだよ、と。で、次の瞬間、気がつきました。アレ、なんだ、それって今やってる仕事の延長じゃないの。
仕事でやっている翻訳は、医薬限定だし、ほぼすべてが治験関連なので、内容的に狭いといえば狭いです。それでも、わたしには広くて、いつも何かしら調べ物に時間を費やしている毎日なのですが、広い世界と比べると、自分が見聞きしていることは本当に狭い。それは仕事上の専門性をもつために必要だからだし、ある程度、専門バカもどきにならないと、やっていけない仕事ではあります。でも、そういう毎日でも、生きている以上は仕事以外のことにも当然接するし、気になること、知りたいこと、興味をそそられることも出てくる。いつも、仕事をこなすのに精一杯で、そういうものが日常から出てきても、つい、後回しにできる事は、そうしてしまっている。けど、そういうのも大事にしたいし、自分の中の引き出しを、もっと増やしたいなぁ・・・などと思ったのでした。そして、それを伝えることができたら嬉しい。
そんなことを考えているときに、フラフラとネット検索していて見つけたこんな本↓を買ってしまいました。
地元の大学の医学部図書館に、"Scientific American"と「日経サイエンス」が置いてあるので、たまに機会があって図書館に入る時間があったときに、面白そうな記事を日英コピーして持ち帰ることがあります。貸出し不可だけど(涙)。医学だけではなくて、宇宙、物理、生命進化、環境、テクノロジーなどテーマがさまざまなので、医学以外はやっぱりちょっと読み慣れていない感はありますが、こういう本にはそそられてしまう。英語は、ふだん接しているものより柔らかめ。なので、わたしには却ってちょっと難しいときがあります。ううー、英語力が。
同じ日経サイエンスから、こんな本も出ています。
まだ、ほとんど読めていませんが、やっぱり知っておきたいと思って。記事自体は、過去の号にも掲載されていたものが多いようです。もう1年なんですね。
しばらく前ですが、年に数回やってる勉強会の人たちと、2月ではあったけど年の最初だということで新年会をやりました。
集まれるのは年に3〜4回といったペースなので、お会いするときは話が溜まっているのか、皆さんしゃべるしゃべる。通訳の人もいるのですが、英語の発音もさることながら、声自体がよく通るし、頭の回転も速いし、ハキハキとお話上手なのですよ。わたしのように引きこもりっきりだと(まぁ、性格的に合っているとは思うのですが)、声を出す機会自体が少ないので、もともと通りにくいボソボソとした声の質が、なおさら助長されてしまっています。なので、ちょっと羨ましい。
本当にいろんな話が出たのですが、原発のことも出て、熱心に反対デモなどに参加している人もいました。その人の意見は、けっこう悲観的で、もう国の未来にあまり期待していないようなのです。地震以後、期限が切れていたパスポートを取り直し、お子さんたちに英語の勉強を勧めるようになったとか。「いや、英語よりも、まずは日本語でしっかり考えたり意見が言えるようになってから、と前は思ってたんだけどね。日本語だけだと機会が限定されてもったいない。もっと世界のどこでも生きていけるようにしてやりたいと思ったの」というような考えのようでした。わからないでもありません。わたしなんかでも、つくづく情けない国だなと、嫌になってしまうこと、ありますし。
通訳さんは、海外出張に行ったときの経験から、まだまだ日本にはポテンシャルがある、という意見でした。例えば、シンガポールなんかは一見、過去をスッパリ切り捨てて思いっきり近代化し、しかも発展を遂げているようでいて、ホテルの待遇、街の様子などなどを見ていると、言っちゃあなんだけど、日本での細やかさ、質の高さとは比べものにならないと感じたとか。(シンガポール好きな方、住んでいらっしゃる方、ごめんなさいm(_ _)m) そう聞くと少しホッとしますし、やっぱり母国ですから、わたしだって、もちろん期待したいのです。
わたしはふだん、ぜんぜん物を考えない方だし、見聞きできること、することも非常に狭いので、そういう話になると聞かせてもらっているばかりなのですが、聞きながらボンヤリと考えていました。こんな世の中で、自分にできることがあるとしたら、何だろうか。
例えばの話ではあるけど(たまたま上に書いたので)、原発を憂う気持ちはありますが、デモには行けません。仕事が滞ってしまう。家にいないと進まない仕事だし、仕事上の責任を果たそうとするだけで、日々精一杯です。性格的にも負荷が大きすぎる。
でも、それなら自分にだったら何ができるかなぁ、と考えているうちに、ゆっくりと浮かんできたのは、もっと広くいろんなことを知りたい、ということでした。知りたい、そして伝達したい。そうだ、それなら、少しはできそうだよ、と。で、次の瞬間、気がつきました。アレ、なんだ、それって今やってる仕事の延長じゃないの。
仕事でやっている翻訳は、医薬限定だし、ほぼすべてが治験関連なので、内容的に狭いといえば狭いです。それでも、わたしには広くて、いつも何かしら調べ物に時間を費やしている毎日なのですが、広い世界と比べると、自分が見聞きしていることは本当に狭い。それは仕事上の専門性をもつために必要だからだし、ある程度、専門バカもどきにならないと、やっていけない仕事ではあります。でも、そういう毎日でも、生きている以上は仕事以外のことにも当然接するし、気になること、知りたいこと、興味をそそられることも出てくる。いつも、仕事をこなすのに精一杯で、そういうものが日常から出てきても、つい、後回しにできる事は、そうしてしまっている。けど、そういうのも大事にしたいし、自分の中の引き出しを、もっと増やしたいなぁ・・・などと思ったのでした。そして、それを伝えることができたら嬉しい。
そんなことを考えているときに、フラフラとネット検索していて見つけたこんな本↓を買ってしまいました。
![]() | 日経サイエンスで鍛える科学英語 (2011/12/17) 日経サイエンス編集部 商品詳細を見る |
地元の大学の医学部図書館に、"Scientific American"と「日経サイエンス」が置いてあるので、たまに機会があって図書館に入る時間があったときに、面白そうな記事を日英コピーして持ち帰ることがあります。貸出し不可だけど(涙)。医学だけではなくて、宇宙、物理、生命進化、環境、テクノロジーなどテーマがさまざまなので、医学以外はやっぱりちょっと読み慣れていない感はありますが、こういう本にはそそられてしまう。英語は、ふだん接しているものより柔らかめ。なので、わたしには却ってちょっと難しいときがあります。ううー、英語力が。
同じ日経サイエンスから、こんな本も出ています。
![]() | 震災と原発 (別冊日経サイエンス 183) (2012/02/16) 日経サイエンス編集部 商品詳細を見る |
まだ、ほとんど読めていませんが、やっぱり知っておきたいと思って。記事自体は、過去の号にも掲載されていたものが多いようです。もう1年なんですね。
今年の申告
今年もなんとかかんとか確定申告を終えることができました。税務署から何かまちがいの指摘がなければですが。毎年、年明けからこれが終わるまでは気になってしかたがないので、終わるとホッとします♪
一昨年から青色申告をしていますが、去年までは10万円しか控除されない簡易申告だったところ、今年は65万円控除を受けることができる複式簿記による申告にチャレンジしました。もちろん会計ソフトに頼りまくり。使ったソフトは「やよい」です。「やよい」への入力にあたっては、「日本一やさしいフリーのための確定申告ガイド」という本にお世話になりました。わたしは簿記に関する知識はまったくなく、なんとか申告を終えた今でも、借方とか貸方とかいう概念は説明しろと言われてもできませんが、それでも、この本に従ってセッセと項目を選択し、金額を入力していけば、わからないなりになんとかなりました。
ただ、この本だけではわからないことも、いくつかありました。例えば、この本は期中の処理については、とても丁寧に説明してくれているのですが、期をまたぐ場合の処理については、ほとんど説明がなかったので、その点でちょっと困りました。平成23年1月より前に発生していて、実際の金額の出入りが1月以降にあった売掛金とか、クレジットカードでの買い物とか、あと減価償却費とか。ネットで探し回った結果、こういうのは、どれも期首残高として処理する項目だということを今回初めて勉強しました。やよいでは「設定」の「科目残高入力」という項目で入力します。でも、これは「やよい」がどうのこうのというより、簿記の基礎の基礎にあたるらしいので、まるで勉強していなかったわたしも悪いのですけど。
あと、この本では、入力の説明をするときに「やよい」の画面の絵をそのまま載せてくれているのですけど、この画面の絵がちょっと小さくて、画面上の字を読もうとすると、とても小さくて見づらかったので、中高年にはちょっと優しくないぞ!と思ってしまいました。
でも、とにかく、この本がなければ入力処理は不可能だったと思うので、全体には大いに役立つよい本だったと思います。
ただ、申告が終わってしまった後で、経費に入れることができるのに、入れていなかったものがあることに気がついてしまいました。
まず、光熱費。うちでは光熱費を全部ダンナさんの口座から引き落としています。これについて、わたしは勝手な思い込みで、自分の口座から落ちているものでなければ経費にできないと思っていました。だから、これまで経費の光熱費の欄は記入していませんでした。携帯とかプロバイダー料金などは、自分の口座から引き落としているので、その一部を経費にしてますけど。でも改めて調べてみると、実際には、「生計を一にしている」のであれば、家族の口座からの引き落としであっても、仕事中に使っている電気代などは、電気代全体のうち○%というかたちで経費に算入できるらしいです。暖房冷房は電気に頼っているので、これは痛かった。さっそく、1月分からの光熱費の請求書兼領収書を「確保」しました。来年はきっちり計上しようと思います。
それとコーヒー代。わたしはコーヒー中毒で、仕事開始前、仕事中の休憩、仕事終了時の一息にコーヒー(インスタントだけど)を補給しなければ動けない依存症状態なのですが、こういう場合、このコーヒー代を経費にできることも知りませんでした。お菓子もいいんだろうか。「コーヒーって、わたしの経費にできるらしいよ」とダンナさんに言うと、「だったら、ゴールドブレンド買って♪」とか抜かしてましたけど、ま、いいでしょ。一日中勤めに出ているダンナさんが家で飲むコーヒーなんて、微々たる量だし。高いレギュラーコーヒーでもネスレのカプチーノでも、好きなの買っていいよと、言ってあげると喜んでました。ダンナさんは単純な人なので、助かります。
経費ではありませんが、去年は震災のため寄付した方も多いと思います。わたしも何カ所かに寄付させていただきました。このうち、寄付先によって控除の対象になるところと、ならないところがあることは知っていましたが、控除対象となる寄付先にも、いくつかカテゴリーがあって、それぞれに扱いがちょっとずつ違うことは知りませんでした。でも、国税庁の確定申告書作成のHPで申告書を作成するときに、寄付先を1件1件入力してカテゴリーを選べば、自動的に処理してくれました。添付書類が必要な場合もあるようなのですが、その添付書類も自動的に作成してくれるようです。ホントによくできてますよね、このHP。毎年、感心してしまいます。
そんなわけで、経費の面でいろいろと抜けているところはあったのですが、税務署側にとっての必要事項は、たぶん満たしていると思います。還付金は「6週間ほど見といて下さいねー」と言われました。e-Taxにしたら、もうちょっと早いんだろうか。でも、手続きがめんどくさくて(区役所に行ったり、電気屋さんに行ったり)、まだやる気になれません。税務署は、うちの近くではありませんが、たまたま、月1回通っている漢方のお医者さんが税務署の近くで、ついでに行けるので、それほどめんどくささを感じないのです。なので、当面、紙ベースで申告すると思います。
一昨年から青色申告をしていますが、去年までは10万円しか控除されない簡易申告だったところ、今年は65万円控除を受けることができる複式簿記による申告にチャレンジしました。もちろん会計ソフトに頼りまくり。使ったソフトは「やよい」です。「やよい」への入力にあたっては、「日本一やさしいフリーのための確定申告ガイド」という本にお世話になりました。わたしは簿記に関する知識はまったくなく、なんとか申告を終えた今でも、借方とか貸方とかいう概念は説明しろと言われてもできませんが、それでも、この本に従ってセッセと項目を選択し、金額を入力していけば、わからないなりになんとかなりました。
ただ、この本だけではわからないことも、いくつかありました。例えば、この本は期中の処理については、とても丁寧に説明してくれているのですが、期をまたぐ場合の処理については、ほとんど説明がなかったので、その点でちょっと困りました。平成23年1月より前に発生していて、実際の金額の出入りが1月以降にあった売掛金とか、クレジットカードでの買い物とか、あと減価償却費とか。ネットで探し回った結果、こういうのは、どれも期首残高として処理する項目だということを今回初めて勉強しました。やよいでは「設定」の「科目残高入力」という項目で入力します。でも、これは「やよい」がどうのこうのというより、簿記の基礎の基礎にあたるらしいので、まるで勉強していなかったわたしも悪いのですけど。
あと、この本では、入力の説明をするときに「やよい」の画面の絵をそのまま載せてくれているのですけど、この画面の絵がちょっと小さくて、画面上の字を読もうとすると、とても小さくて見づらかったので、中高年にはちょっと優しくないぞ!と思ってしまいました。
でも、とにかく、この本がなければ入力処理は不可能だったと思うので、全体には大いに役立つよい本だったと思います。
ただ、申告が終わってしまった後で、経費に入れることができるのに、入れていなかったものがあることに気がついてしまいました。
まず、光熱費。うちでは光熱費を全部ダンナさんの口座から引き落としています。これについて、わたしは勝手な思い込みで、自分の口座から落ちているものでなければ経費にできないと思っていました。だから、これまで経費の光熱費の欄は記入していませんでした。携帯とかプロバイダー料金などは、自分の口座から引き落としているので、その一部を経費にしてますけど。でも改めて調べてみると、実際には、「生計を一にしている」のであれば、家族の口座からの引き落としであっても、仕事中に使っている電気代などは、電気代全体のうち○%というかたちで経費に算入できるらしいです。暖房冷房は電気に頼っているので、これは痛かった。さっそく、1月分からの光熱費の請求書兼領収書を「確保」しました。来年はきっちり計上しようと思います。
それとコーヒー代。わたしはコーヒー中毒で、仕事開始前、仕事中の休憩、仕事終了時の一息にコーヒー(インスタントだけど)を補給しなければ動けない依存症状態なのですが、こういう場合、このコーヒー代を経費にできることも知りませんでした。お菓子もいいんだろうか。「コーヒーって、わたしの経費にできるらしいよ」とダンナさんに言うと、「だったら、ゴールドブレンド買って♪」とか抜かしてましたけど、ま、いいでしょ。一日中勤めに出ているダンナさんが家で飲むコーヒーなんて、微々たる量だし。高いレギュラーコーヒーでもネスレのカプチーノでも、好きなの買っていいよと、言ってあげると喜んでました。ダンナさんは単純な人なので、助かります。
経費ではありませんが、去年は震災のため寄付した方も多いと思います。わたしも何カ所かに寄付させていただきました。このうち、寄付先によって控除の対象になるところと、ならないところがあることは知っていましたが、控除対象となる寄付先にも、いくつかカテゴリーがあって、それぞれに扱いがちょっとずつ違うことは知りませんでした。でも、国税庁の確定申告書作成のHPで申告書を作成するときに、寄付先を1件1件入力してカテゴリーを選べば、自動的に処理してくれました。添付書類が必要な場合もあるようなのですが、その添付書類も自動的に作成してくれるようです。ホントによくできてますよね、このHP。毎年、感心してしまいます。
そんなわけで、経費の面でいろいろと抜けているところはあったのですが、税務署側にとっての必要事項は、たぶん満たしていると思います。還付金は「6週間ほど見といて下さいねー」と言われました。e-Taxにしたら、もうちょっと早いんだろうか。でも、手続きがめんどくさくて(区役所に行ったり、電気屋さんに行ったり)、まだやる気になれません。税務署は、うちの近くではありませんが、たまたま、月1回通っている漢方のお医者さんが税務署の近くで、ついでに行けるので、それほどめんどくささを感じないのです。なので、当面、紙ベースで申告すると思います。





