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スーパーショット

2011.06.29.Wed
 前回の記事で(すごい過去のことになってしまいましたが、よろしければスクロールしてお読みいただければと(^^;)、翻訳会社のトライアル合否は結局はご縁だと思う、ということを書きましたが、まぁ、そういう面もありましょうが、ちょっと違ってたかもしれないと考えを改めさせられたので、そのことを書こうと思います。毎度、仕事がらみの堅苦しい話で申し訳ありませぬ

 考えが変わった元になったのは、アークコミュニケーションズという会社の社長さんである大里真理子氏のブログです(この会社は、某アメリアでも最近、時々翻訳者の求人を見かけますね。わたしは分野外なのでご縁はなさそうですが、書いておられることは興味深いので時々読ませていただいてます)。数日前に、テニスの伊達公子選手のブログについて書いておられるのだけど、その内容がとても腑に落ちたのでした。

 伊達選手、すごいですよね。普通であれば体力の衰えを感じ始める40歳近くになって第一線に復帰し、すばらしい闘いぶりを見せてくれています。わたしは冬のアイスフィギュアを除いて、スポーツはほとんど観ないのですが、伊達選手は本当にすごいなと思います。勇気づけられますよね。

 伊達選手についての大里氏のブログには、こうあります。(伊達選手のブログはこちら。)

彼女の書いていることは一貫している。表現は様々だが、「一流のプレイヤーというのは、ここぞというところの集中力がすごく、大事なポイントは落とさない。」ファンからは紙一重に見えても、その紙一重にこそ実力の差があると言うのだ。

スーパーショットは誰でも打てる。
だが、ここぞという時にスーパーショットが打てるのが一流なのである。

だから、伊達選手は「悔しい」とは言っても、それが実力だと必ず書いている。

(中略)

仕事も同じだと思うことが多い。
「成果の出る」人と「成果が出ない」人を比べて、一見、そんなに明らかなスキルの差がないように見えることがある。

しかしながら、よくよく見ると、「成果の出る」人はひとつひとつのショットにちょっとだけ切れがある。そして、何より大事なところで、ショットの切れを欠かさない、ミスをしない。



 大里氏は「仕事も同じ」と書いておられるけど、これを読んでわたしは、先日トライアルについて書いたこともあって、「あ、トライアルも同じかもしれない」と思ったのでした。

 自分がトライアルに合格したときと落ちたときを考えてみると、その時々でそれほど力に差があったわけではないと思うのです。ただ、合格したときは、「たまたま」スーパーショットが打てていた、落ちたときは、「たまたま」打てなくて外していたのではないかと。この「たまたま」にしか打てず、意識的に狙って打てないというのが二流三流の素人ということなのね、きっと(涙)。合格したときは幸運にも、会社側が設定していたポイントで、なんとなくストライクゾーンに入っていたんだろうと思います。

 あと想像だけど、例えば実力が拮抗する応募者複数の答案を見た場合、ポイントポイントで見る人が見れば「お、これはいいなぁ」というふうに説得力がある答案、好感が持てる訳し方というのがあって、それが「切れ」ということなのかもしれない。わたしは会社側の立場に立ったことがないので、見当違いな想像かもしれないけど。

 意識して「切れ」のあるスーパーショットを常に仕事で打てたらと思うけど、なかなかそうはいきません。スーパーショットを打てる判断力はどうやったら身につくんだろうと思うけど、やっぱりそれは積み重ねに尽きるんだろうな。毎日淡々と、いや悶々と悩みつつ自分なりの答えを出していくなかで、ある日パッと頭の中で、それまでバラバラに存在していた日々の疑問の記憶のかけらがつながる。それが、自由自在にスーパーショットを繰り出せる自分なりの土台になるんだろう。
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