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経験

2012.10.03.Wed
 9月は一つも書けませんでした。一定期間、放置していると、上にペタッと貼り付いてしまうスポンサー広告がとても嫌なので、せめてアレが出ないようには更新したかったのですが、時間がなかったこともあるのですけど、なんか体がしんどくて。夏疲れだったんでしょうか(T_T) でも、だいぶ過ごしやすくなりました♪

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 しばらく前のことになってしまったのですが、ちょっとした翻訳まわりの人たちとお目にかかる機会がありました。翻訳を仕事にしている人も、そうでない人もいましたが、その集まり自体は医学の翻訳にかかわるものでして。

 で、勉強の話になったんですね。どんな本を読んだらいいかな、とか相談する人もいて。

 ところが、そんななかに、こんな意見がありました。勉強もいいけど、勉強して中途半端に知識ばかり身につけてしまった状態もよくない。そうなったら、中途半端に自分の身についた言葉だけで済ませてしまうことになりかねないよ、と。それを聞いて、ちょっとドキッとしたのです。

 わたしは、今の取引先の仕事を始めてから、だいたい5年ぐらいになります。その前からも少しずつ仕事はしていましたので、経験としては7、8年ぐらいになりましょうか。あらためて数えると、けっこうな年数になるなぁ…と、ちょっとした感慨にふけってしまうぐらいの年数にはなりました。いわゆる中堅と言われるあたりでしょうか? まぁ、どれだけやっても、まだまだなんですが。

 毎日訳していて、何となく覚えがあったり、見かけたこと聞いたことがあったりすることも増えてきました。そういうのは、けっこう嬉しいものです。前には知らなかったことが、わかるようになったなーと。でも、そのことで油断が生まれていないかと問われれば、そんなことはないと言い切る自信はないです。

 知っていることだと思っても、実はそれは錯覚かもしれない。自分の中だけですぐに解決した気になって、自分の知っている言葉だけを選んで、済ませたりしているかもしれない。その結果、訳が上すべりしているかもしれない。不意にそんな考えが浮かんで、ゾッとすることがあります。今が一番、そういうトラップに陥りやすい時期かもしれない。

 上の意見の主とは別の人が言ったことですが、その人は毒物に関する研究所に長年勤められたそうなのですが、その研究所で上司の人たちに、「どんなに知っていると思っていることでも、必ず確認してね」と言われたそうです。扱っているモノがモノだったから、ということもあるでしょう。でも、そのことは、今の翻訳仕事でも肝に銘じているとか。

 そういえば、ちょっと別のことをベテランの先輩方にお聞きしたことがあります。だいぶ以前のことになりますが、そのときわたしは、自分の少し前の訳文を読みかえしてみて、がっかりすることが多かったので(今でもそうだけど)、ベテランの方にも、そういうことってありますか? と、失礼千万を百も承知でお聞きしてみました。

 そしたら、しばらく考えられたのちに、こう言われたのです。「う~ん、それよりもね。昔の訳文を読んでみて、過去の自分にはこんな訳ができたんだなぁって、びっくりすることがある。今よりも知識は劣っていたかもしれないけど、必死で調べて考えて訳してたからかなぁ…。今の訳よりいいなぁって、ちょっと焦ることがあるわ」と。

 あぁ、そういうこともあるんですね。

 こうやって考えてみると、ケイケンって怖い。「なければないで困るけど、『ある』と思ってしまうと地に堕ちる。それって、なーんだ?」という、ナゾナゾにでもできそうです。
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