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自分に負けない

2013.03.21.Thu
 またもや翻訳者の集まりに参加させていただきました。記事のアップまでにずいぶん時間が経ってしまいましたが、お世話してくださった方々、一緒に過ごした皆さま、どうもありがとうございましたm(_ _)m

 翻訳は人に会うことが少ない仕事だけど、だからこそ、いろんな人に会うのは本当に大事だと思う。前回の記事にも同じことを書きましたね。仕事上のお役立ち情報を分け合えるとか、それもありますが、それだけじゃなく。

 この仕事に限ったことではありませんが、仕事を続けていく上では、いろんな困難があります。今回、参加なさった方々のなかにも、家族のお世話をしながら、細々とでも、とぎれとぎれでも、仕事をあきらめずに続けてきた方がおられました。そういう方がいらっしゃるだけで、とても励みになりました。

 というのは、実は昨年に骨折した義母が(そのときの記事)、先月に再骨折したんです。今はリハビリ病院に入院中ですが、退院後の生活が、ちょっと心配。そうは言っても、わたしはわりと恵まれていて、義父も健在だし、義理の叔母(義母の妹さん)も義母の近所に住んでいて、手助けをしてくれています。だけど頼りっぱなしというわけにもいかず。

 精神的にヘタレなわたしは、それだけで、これから先に不安を覚えてしまいます。仕事、続けられるかなぁと。でも、家族の介護をしながら、がんばってこられた先輩方を見ると勇気が出ました。わたしもがんばろう、この方たちのように、いろんなことに前向きに向き合おう、と。不安に押しつぶされずにがんばらなくては、と。

 ところで、わたしはなんでこんなに仕事にこだわるのかね、とも思います。リンク先の Sayo さんも書いておられるのですが、集まりではアンケートがあって、「翻訳の仕事の醍醐味は? 何が楽しくて翻訳を続けている?」という質問がありました。(Sayoさん、勝手に引っぱってきて、すみません。)

 回答には、パッと思いついたことをチャチャッと書いてしまったのですが、その後もなんとなく考えていました。

 わたしの場合は、自分の存在意義を仕事に頼っている部分があります。大いにあります。仕事をしていないと、何をしていいかわからないという…。明らかに、仕事中毒のおじさんと同じ症状です。

 しかし、それだけでもないような。やっぱり、今の仕事だからだと思います。

 なんでかなーとツラツラ考えてみた結果、この仕事が、ひたすら自分との戦いだからかもしれないと思いました。品質を上げるも下げるも自分次第。そんなところが醍醐味なのかなぁ、と。←なんか、エラソーですね、わたし(笑)。

 内容の正確さを目指すのは、当たり前ですが(いやいや、これだけで相当苦しくはあるのですが)、それだけではなく、新しい仕事のたびに、もっとプロらしい文章、読みやすい文章を書くには、どうしたらいいのかなぁとか、もっと質が高いと思ってもらえる訳し方、できないかなぁとか、自分の力が及ぶかぎり「上」を目指したいと思える、そういう仕事だから、好きなのかもしれないと思いました。自分で「完璧!」と思える仕事なんて、まず、できたことがないですしね。

 そして、訳した人がどんな姿勢で仕事に取り組んだのかが、成果物としての訳文に如実にあらわれる。そういう恐ろしさも、やりがいにつながっているなぁと思います。

 まぁ、翻訳は基本的にサービス業なので、外部に左右される部分はいろいろとあります。でも、長期的にどんな仕事がしたいか、どういう仕事を目指したいのかは、自分の意志で決められる。でも、自分に負けてソコソコの仕事に甘んじれば、それまで。そんな厳しいところが、気に入っているのかもしれません。うん、完全にマゾかも。

 いろいろな言い方はできますが、煎じ詰めれば、他の方々と同じことを言っているような気もします。
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