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美しい

2010.08.20.Fri
以前にも書いたのですが、わたしは今、ある講座に通っておりまして、そこでは、ビックリしたことに、この業界で何年も仕事をしておられるベテランの大先輩も受講生として来ています。講座では、事前にある程度の量の原文が各人に割り当てられ、それを講座までに訳して提出し、そのうえで講座に臨むという方式。訳文は全部一覧にして講座で配布されるので、自分の訳文も他人に見られるけど(はずかし~)、他の人の訳文も見ることができます。もちろん、そのベテランの大先輩の訳文も。

うーん、と唸ってしまった。なんだかとっても「美しい」。言葉の流れがきれい。こういうふうにできるんだなぁと、ちょっと虚をつかれたような気持ちになりました。

別に文学的表現が望まれる文章を訳しているわけではないので、美しいといっても、そういう意味ではありません。そういうことではなくて、ちょっとした心遣いというか、細やかなサービスを随所に感じるというか。

英語で言われている内容に日本語の衣を着せようとすると、どうしても、帯に短し襷に長しというか隔靴掻痒の感に襲われることがあって、そこでどれだけ継ぎ足すべきところを継ぎ足し、必要ないところをバッサリ切るかというのが翻訳者の力量、ということがよく言われます。そういうときにやるべき事を、丁寧になさってるんだなぁという印象を受けたわけです。言葉の流れがきれいなのも、きちんと原文の理路が見えているから。

自分でも、そういうことがちゃんとできたらなと思うのだけど、なかなかできない。英語の衣では必要であっても日本語の衣では必要ない言葉なのでは? と思っても、バッサリ切るのはすごく勇気がいる。逆もしかり。勇気がないし自信もないから、そこまで思い切れない。すこーしだけやってみたり、やっぱり止めた方がいいかなと引き返したりしているうちに、小さいストレスが自分でも気がつかない間に溜まっていて、何となくすっきりしないまま、結局、どういうのが一番いいのかが、よくわからないまま、ということが多いのです。そういう小さいごちゃごちゃを一杯抱えたところに、「あぁ、こういうふうにするのか」というような全体像がバーンと現れたという感じでした。

でも、そういうことができるようになるには、まずは目の前の原文とトコトンつきあってから。そのうちにきっと、自分なりの方法が見えてくる、と思いたい・・・。




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