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折り合う

2011.03.24.Thu
 Narrativesの仕事はちょっと苦手です。あ、いきなり「ならてぃぶ」って言われても、何のことかわからない人もいますよね。本来は「語り」ということですが、わたしが苦手としている narratives は、何かの薬の臨床試験をしている途中で、患者さんが病気になったり怪我をした場合、その経過を一つ一つ「叙述」として記録した報告のことです。被験薬との関連があるものも、ないものもあるけど、とりあえず全部記録される。何十件も何百件もある。で、なんで苦手かというと、ふだん馴染みのない外科や整形外科領域の内容がよく出てくるということもあるけど、患者さんが苦しい経過をたどったあげく亡くなることも珍しくない、というのが大きい。記述自体は淡々としているけど、そういうのが何件も続くと、やはり気が滅入ってくるのです。今の仕事の narratives は、ほとんどが回復または改善または改善傾向の患者さんばかりで救われてるけど。医学の翻訳は、実はけっこう血なまぐさいのだと実感する。仕事なんだから、もっとクールに接して訳した方がいいんだろうなとは思う。でもねぇ。紙の上のことではあっても、死(人もそうだけど、動物も)に接するのに、あまり慣れることはできないなと思うし、いつのまにか慣れてしまったら、それも嫌だと思う。普通の感覚をなくしたくないし。

 でも、しょせん翻訳だから大したことはない。現場で実際に患者さんに接する医療従事者の人は、それどころの話ではないだろう。目の前で患者さんが亡くなり、無力感に苛まれることも多いだろう。今の被災地では、本来ならできることもできず、それで亡くなったりしたら、もっとつらいだろう。それでもプロフェッショナルとして強い精神力で乗り切らないといけないんだろう。わたしみたいな軟弱者には無理だな。この前、おばあさんと男の子を救出できて、「警察官になってよかった」と話していた、救助隊の人がいたけど、本当によかったと思う。そういう瞬間がなければ、とてもじゃないけど、目の前で人を助けることができなかったというような無力感と折り合うことはできないだろう。

 少し違う話になるけど、わたしが好きな画家に熊谷守一という人がいる。ちょっと昔の絵描きさんだけど。その人は若いころ貧乏で、自分の子供が病気になったときもお金がなくて医者にみせることができず、その子は亡くなってしまう。それで亡骸の枕元で死顔を描き始めるのだけど、いつのまにか「絵」を描いている自分に気がつき、そのことが嫌になって描くのを止めてしまったという。子供の死顔を目の前にしているのに、いつのまにか父親として子供を見るのではなく、描画対象を冷静に観察する画家の目になっていた、そんな自分が嫌になったということだと思う。このときの絵は、大原美術館で観ることができます(http://www.ohara.or.jp/200707/jp/1_web/2/exh/006.html)。プロというのは悲しいところがありますね。

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コメント
こんにちは。

むつかしい問題ですね。

以前、知人から聞いた話ですが。
知人のそのまた知人(外科医)は、手術の時は、目の前の臓器を「モノ」と考え、それをもとの状態に復することのみを考え集中するそうです。でも、普段(?)は、いつも患者さんのことを考えている、よいお医者なのですって。それが、その道のプロフェッショナルということなのかな、とその話を聞いた時思いました。

でも、これは平時の話で。

今回の震災では、被災された方はもちろん、捜索にあたられた自衛官/警察/消防の方々、医療や介護従事者の方々も、それぞれの形で自分のお心と折り合いをつけられるまで、膨大な時間がかかりそうな気がします。
それらの方々が、気持ちを吐露する用意ができる時まで、忘れず待つことも、支援のひとつかもしれませんね。

あらあら、人様のコメント欄をお借りして、ながながスイマセン。
(それに、はっきりいって本題から外れた気がするし)

それではまた。
こんにちは。

いえいえ、もともと本題なんてあってないような記事ですので(書いてるうちにどんどんずれたけど、「ま、いっか」とそのまま・・・)。そんな記事にコメントをありがとうございます。

そういえば、お医者さんのなかには、臓器の造作で患者さんを覚えてらっしゃる人がいるというような話を、エッセイストの岸本葉子さんの本で読んだことがあります。10年前に胃のレントゲンを撮った技師さんに「ああ、あなた、すごい胃下垂でしたよね」と言われたとか。これはまさにプロかも。

震災で支援側に立っている方々も、精神面は心配ですよね。相応の覚悟が必要かもしれず、たとえボランティアといえども、誰にでもできることではないのかもしれません。


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