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考える

2013.12.25.Wed
「ハンナ・アーレント」という映画を観てきました。ナチスで大量虐殺に関与した幹部アイヒマンの裁判を描いた重い映画です。

戦後、南米に逃亡していたアイヒマンが逮捕され、イスラエルで裁判が行われます。アーレントは裁判を傍聴し、当時のアメリカの雑誌に報告を寄稿します。

アイヒマンというのは残虐きわまりない悪魔だろうと、誰もが信じて疑っていませんでした。アメリカ人も、同胞のユダヤ人たちも。しかし、アーレントは、彼は悪魔などではないという結論を出します。上からの命令に従うことに徹し、自分の頭で考えることを止めただけの、ただの凡人だ、と。思考を停止した凡人が、結果として大量殺人マシンになっただけだ、と。

アーレントの言論はヒステリックな大騒動を巻き起こし、多くの人の意見と違っていたために、アーレントは孤独になってしまいます。それでも意見を撤回することはありませんでした。考えることの大切さを訴え、自分の言葉で思考することは人を救うという主張を曲げませんでした。

難しい映画だったけど、アーレントの主張に感動しました。そして、おかしな話かもしれないけど、自分の仕事と通じる部分もあると感じました。

この仕事を始めた頃ですが、自分が言葉にすることには、きちんと責任を持とうと思ったことがあって、映画を観ていてそのことを思い出したんです。翻訳というのは人様の代弁だけど、だからこそ余計に、これを書いたこの人はこう言いたいんだと、自分が考えた結論だけを積み上げなければ、と。

映画に比べれば、ずいぶんちっぽけな話ではあります。


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コメント
No title
私も何を見ても自分の仕事のことを考えてしまうのですよねえ。かなりレベルが違うことはわかっていつつも。

実務翻訳って黒子的存在だとは思いますが、自分なりの「これでいく」という主張はありますよね。なぜその訳語を選んだのかをきちんと説明(つまり主張)できるようになりたいです。
そうなんです。仕事バカと申しましょうか。何でも仕事に結びつけてしまいます。

> なぜその訳語を選んだのかをきちんと説明(つまり主張)できる

自分なりに責任をもつというのは、まさにその意味で書きました。

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