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報われない仕事?

2009.07.03.Fri
ときどき読んでいる内田 樹氏のブログでこんなこと↓が書いてあって、胸に響いて忘れたくなかったのでメモしておきます。

その仕事の意味や有用性について誰も保証してくれない仕事を、それを完遂しても誰からもねぎらいの言葉がかけられない仕事を黙って行っているからである。
安倍さんの言葉の端々からはそういう報われることの少ない仕事に全身を捧げている人に対する真率な敬意が伝わってきた。


(切り取り方が変でわかりにくくて申し訳ありません。文脈とか、「安倍さん」というのがどのような方かというのは元ページでご確認ください。)

しんどいことですが、仕事というのはそういうものなんだという気がします。そして、自分の込めたものがどれだけあっさりと見過ごされようと、仕事には、自分と闘って全力を尽くさないといけないんだと思います。こうやって書いてみると当たり前のことすぎて、自分がひどく幼く思えるのですが。

ちょっと前にこちらで、自分が翻訳者としてどのように評価されているかは、実のところさっぱりわからないということを書きました。自分の仕事がどのような評価を受けているかを知る機会がまったくないというのは、なかなかに精神的に厳しいものがあるのは確かです。それは、一人で仕事をしているという労働形態によるものでもありますし、純粋に実力だけが問われる職種ということもあるんだと思います。でも、できれば高く評価されたいとか (そんなわけはないのですが)、そういうことは、成果物を受け取る側には関係ないわたしのエゴです。仕事の最終目標は、わたしのような実務翻訳の場合は、相手方に混乱を引き起こさない、ごくごく普通に読めるものを納品することです。それ以上でも以下でもありません。

仕事というのは、まじめにやっている限りすべて尊いと真剣にそう思いますし、それは、昔から正当に評価されることが最も少ない仕事と思われる家事も含めてなのですが、だいたいの場合、その成果は受け取って当然という顔で受け取られることがほとんどなのではないかと思います。でも、そういうものなんですよね。

うまく言えないのですが、どうせそういうものだとか、そういう虚無的なことではなくて、相手が当たり前の顔をして受け取るものに最大限のものを込めることこそが仕事に課されたことなのだし、それが醍醐味でもあるのかもしれないと、そう思います。ごく当たり前のものとして受け取られてこそ、一人前の仕事。そういうふうに肝に銘じて、もっと真っ直ぐに、いつも淡々と全力投球できる仕事人に、わたしはなりたいです。



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コメント
No title
ぼくはあまり他人に認められたいという欲求はないです。自分が書いた訳文にある程度満足できればそれでいいです。でも、案件別トライアルを受けた後、その仕事が来たら嬉しいです。The reward for a job well done is more work.
わたしは欲深なんだと思います。そんな自分への自戒を込めて書きました。仕事の報酬は仕事。おっしゃるとおりだと思います。


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