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シートンと妖精

2010.01.14.Thu
今日は翻訳ネタではありません。

わたしは子供の頃からわりと本が好きなほうで、小学校の図書室や市立図書館(当時は自転車で大きな市立図書館に行けました)から、いろいろな本を借りてきては読んでいました。幼少時から本好きな人のなかには、時々、ごく小さい頃にすでに大人が読むような本を読んでいた驚くほど早熟な人もいるようですが、わたしは全然そんなことはなくて、小公子とか、メアリポピンズとか、大泥棒ホッツェンプロッツなどのような、ごくごく年相応のものしか読んでいませんでした。動物ものも比較的好きだったようで(今でも好きで、テレビなんかでも「ダーウィンが来た」とか「志村どうぶつ園」は時間が合えば見ています)、父が親戚のお姉さんから貰ってくれた椋鳩十の作品やドリトル先生シリーズは延々と読んでいたような記憶がありますし、学校の図書室にあったシートン動物記のシリーズも確か全部読んだと思います。

でもまぁ、わたしのそういう平凡な読書歴は、本題ではないのでどうでもいいのです。

実は、昨年夏からハムスター(ジャンガリアンハムスター、♂)を飼っていたのですが、数日前に突然死してしまい、ひどく落ち込んでいました。ハムの遺体は猫の額の庭の隅に埋葬したのですが、飼育用品は未だ片付ける気になれませんし、いろんな姿やしぐさを思い出すたびに、つい気持ちが乱れて仕事の手が止まるということを繰り返していました。年末から引きずっていた仕事は、年末年始を挟んだためか納期にかなりゆとりがあったので、そういうこともできたのですが、幸だったのか不幸だったのか・・・。

そんなわけで、ここしばらく悶々としていたのですが、ふとシートン動物記のことを思い出し、無性に読み返したくてたまらなくなったのですね。そこで急遽、文庫本を買ってきて読んでいました。

ところで、ハムスターを飼ったのは初めてだったのですが、本当に可愛かったのです。体を丸めるとピンポン玉より少し大きいかなというぐらい。すごく小さいのに食べ物の好き嫌いもすごくハッキリしていましたし、性格にはかなり個体差があるとのことですが、うちの子はとても几帳面で清潔好きでした。それに驚異的な運動量。いったい一晩に何千回回ってるの、この回し車、何rpmで回ってるんだろ?・・と思うほどで、とにかく水槽の中をものすごい勢いで走り回るのに、ニンゲンやイヌのように喘ぐということがないのです。そんな姿を飽きることなく見ているうちに、ひょっとして妖精がいるとしたら、こんな感じかなぁ、などと突拍子もないことを考えたりしていました。例えば「夏の夜の夢」に出てくる一時もじっとしていない妖精パックなんかは、こういう感じかもしれない・・・。

もうちょっと日頃から含蓄のあることを言う人ならともかく、わたしがこういうアホな世迷い事をつぶやいていても、たいていは聞かなかったフリをされるか気持ち悪がられるだけだろうと思っていました。ところがシートン動物記を読んでいたら、嬉しいことにシートンさんも同じようなことを言っているではありませんか。

わたしが買ってきた文庫本(集英社文庫「狼王ロボ」)には、超有名なロボの話を含めて4つの話が収録されています。昔読んだとはいっても、まったく覚えていない話もあるのですが、この本にたまたま収録されていた「カンガルーネズミ」という、ハムスターと同じぐらいかもう少し大きい動物の話もその一つでした。シートンは、このカンガルーネズミを見たとたんに、そのあまりの可愛らしさのため、「可憐な妖精」「月夜のダンサー」と連呼して夢中になるのです。

シートンを改めて読み返してみると、全体としては動物に対する愛情が貫かれているものの、部分的にはけっこう残虐なシーンもあるのです。ロボをおびき寄せるため、先に捕まえて殺したロボの妻ブランカの遺体を地面に置いて引きずり回し(臭いをつけるため)、さらに、ブランカの足を1本切り取って地面に足跡をペタペタとつけるというような、読んでいるこちらがフリーズしてしまいそうな描写もあったりします。(ロボは牧場の牛たちをさんざん殺したり、ありとあらゆる暴虐行為を繰り返していて、牧場主たちから捕まえて退治してほしいという切な依頼があったという事情ゆえではあります。)もちろん、ロボに対しても最後には敬意をもって接しているのですが。

そこへいくと、カンガルーネズミの話は、小さな生き物に対する優しさにあふれていて描写も美しいのです。

あなたがたは高原に月がさしのぼる時、コランポー河のほとりにたたずんだことがないのだ。夜の河がうねうねと流れ、月光を照りかえす河の面がきらきらと光り、その月光が丘を明るく照らしだし、影を水色のベールに包む時の光景を知らないのだ。月光が奏でる楽の音も聞いたことはあるまい。月光はアザミの花のてっぺんから、銃剣のようなシャボン草の草の尖端へとはねとびながら、すばらしい月光の曲を奏でる。そしてその光の雫は、まるであらかじめ取りきめてあったように、平らな大地の舞踏場へふりそそぐ。そこでは夜ごと、どこからともなくこの地上に訪れ、さんざん踊りあかすダンサーたちの姿が見られる。ダンサーたちは踊り疲れると、ふたたび足音もなく、どこかへ去っていくのだ。



うちのハムスターも、踊り疲れたのか去っていってしまいました。またどこかで、楽しく元気に跳ねていてほしいと願わずにいられません。





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