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一語

2014.01.27.Mon
某所での単発翻訳セミナーに参加。

事前課題の添削で、すごく重大なミスを指摘されてしまった。ある動詞で、それ自体は専門用語でも何でもない。でも、そこをきちんと訳せているかどうかで、翻訳者がその課題の分野をよくわかっているか、あまりよくわかっていないかが露呈してしまうというもの。

医療機器の会社に勤めている友人も同じようなことを言っていた。翻訳を外注に出したとき、ある動詞の訳し方が変で、その一点だけで、その翻訳者の力量が知れてしまった、と。人体の構造と血流の方向をきちんと理解したうえで訳してくれれば、そんな訳し方にならないはずなのに、と。

そういう一語の落とし穴(動詞に限らず)に、もっと敏感にならないとね(冷汗)。

足下の奇跡

2014.01.16.Thu
先週末の三連休は、某クライアントの照会事項回答にお付き合いしていて、家に引きこもっていたし、ふだん買い物に出かけるのも日が落ちてからなので、全然気がついていなかったのですが、久しぶりに昼間に外に出てみたら、うちの花だんの何とかいう木(名前忘れた)が、いつの間にかつぼみをいっぱいつけていました。

写真載せたかったけど、ボケボケの下手な写真しか撮れなかったので省略。

成果が上がらなかった下手な写真を撮りながら、長田弘さんの詩を思い出していました。

庭の小さな白梅のつぼみが
ゆっくりと静かにふくらむと、
日の光が春の影をやどしはじめる。


「奇跡―ミラクル―」というタイトルです。

この冬の日々に、世界中で密やかに進行している奇跡のひとつに、しばし寒さと時間を忘れました。

標語

2014.01.07.Tue
年始のご挨拶がすっかり遅くなってしまいましたが、あけましておめでとうございます。

今年のお正月は、数年ぶりに仕事がほとんどありませんでした。納期のゆる~い年越し案件がありましたが、年末のうちに一通り済ませ、寝かせておいて納品前に見直すだけでしたので、年始はゆっくりと本やドラマや音楽(CDだけど)や散歩を楽しみました。実家にも、もちろん帰りました。

おみくじは大吉でした。でも、わたしの前に、よそのお子さん2人と、そのお父さんが引いたおみくじも大吉でした。ちょっと奮発気味の神社だったのかも、という疑いは残りますが、まぁいいや。素直に喜んでおきます。

今年は「気楽に行こう~♪」を標語にしようと思います。自分の優柔不断な性格に対する対策です。これぐらいの心がけで、ちょうどバランスがとれるのではないかと。

そんなわけで、ノホホンと過ごした年始だったのですが、週が明けるや否や、ドドンと仕事をいただき、あぁ、年が明けたんだなぁと思いました。

コーディネーター様方、お疲れさまです。こちらもがんばります。

おそれずに

2013.12.30.Mon
今年も年末になりました。

ここしばらくのブログでボソボソっと書いてきましたが、今年は後半になってから、仕事の現状を変えたいという気持ちが生まれました。ふり返ってみれば、ここ数年ほど、多少の一喜一憂はあっても、おおむね凪の航海のような状況が続いていたのですが、その状況が、いつのまにか窮屈に感じられるようになってきました。そのため、勇気のいることではありましたが、メインの取引先に仕事内容の変更を願い出たりしました。

でも、今の状況を変えるにはどうしたらいいかを考えるようになってから、もっともっと勉強しなければ!という方向に気持ちが向かい、今、燃えています。なので、いい変化なんだろうと受け止めています。

また、仕事内容だけではなく、今年はいろんな人と交流する機会にも恵まれました。ただ、現時点ではまだ、いろんな機会に恵まれたというだけで、それを自分の血肉とするには至っていないなと感じています。わたしはなんだか、栄養分を取り入れるのが下手くそな植物(というような話を、たしか「もやしもん」で読んだと思う)みたいなところがあるようです。

というように、今年もいろんな変化がありました。来年も変化があるかもしれません。でも、一々あまりおそれずに、適度に肩の力を抜いてやっていこうと思います。

今年もブログを訪問して下さった皆さまに感謝しますm(_ _)m どうぞ、よいお年をお迎え下さい。

考える

2013.12.25.Wed
「ハンナ・アーレント」という映画を観てきました。ナチスで大量虐殺に関与した幹部アイヒマンの裁判を描いた重い映画です。

戦後、南米に逃亡していたアイヒマンが逮捕され、イスラエルで裁判が行われます。アーレントは裁判を傍聴し、当時のアメリカの雑誌に報告を寄稿します。

アイヒマンというのは残虐きわまりない悪魔だろうと、誰もが信じて疑っていませんでした。アメリカ人も、同胞のユダヤ人たちも。しかし、アーレントは、彼は悪魔などではないという結論を出します。上からの命令に従うことに徹し、自分の頭で考えることを止めただけの、ただの凡人だ、と。思考を停止した凡人が、結果として大量殺人マシンになっただけだ、と。

アーレントの言論はヒステリックな大騒動を巻き起こし、多くの人の意見と違っていたために、アーレントは孤独になってしまいます。それでも意見を撤回することはありませんでした。考えることの大切さを訴え、自分の言葉で思考することは人を救うという主張を曲げませんでした。

難しい映画だったけど、アーレントの主張に感動しました。そして、おかしな話かもしれないけど、自分の仕事と通じる部分もあると感じました。

この仕事を始めた頃ですが、自分が言葉にすることには、きちんと責任を持とうと思ったことがあって、映画を観ていてそのことを思い出したんです。翻訳というのは人様の代弁だけど、だからこそ余計に、これを書いたこの人はこう言いたいんだと、自分が考えた結論だけを積み上げなければ、と。

映画に比べれば、ずいぶんちっぽけな話ではあります。


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